明治元年に日米修好通商条約により横浜、函館、神戸、長崎と共に開港した新潟港とともに、みなと町として栄えてきた新潟。明治・大正のロマンを感じるみなと町新潟の名所探訪

みなと町新潟の誕生

日本一の長さを誇る信濃川が日本海に注ぐところに位置する新潟は、明治以前から北前船の寄港地となっていました。そんな新潟には全国各地の文化や物品の集積地でもあり、商人の町として港と共にとても賑わっていました。

安政5年(1858年)に新潟は日米修好通商条約で横浜、神戸、函館、長崎と共に開港五港の一つに指定され、明治元年の新潟港開港とともにみなと町新潟も国際都市の道を歩んでいきました。

堀と柳の水の都新潟

明治・大正時代のみなと町新潟の中心部であった新潟島にはお堀が縦横無尽に張り巡らされており、お堀の脇には柳がゆれる情緒ある水の都でした。

当時のお堀はペストなどの感染症の流行を原因に現在では埋め立てられていますが、東掘通り、西堀通り、一番堀通りなど、現在でも道路の名前となって残っています。また街路樹として柳が植えられている箇所が多く当時の風情を感じることが出来ます。

■ アクセス

  • JR上越新幹線 新潟駅下車
  • 飛行機 新潟空港
  • 高速道路 新潟亀田IC